AI (人工知能) 研究に大きな貢献をなし、現在も最先端を走り続けている伝説的な研究者・技術者たちへのインタビューをまとめた書籍で、人工知能の過去と未来を考えるための必読書であると思う。

Architects of Intelligence: The truth about AI from the people building it
- 作者: Martin Ford
- 出版社/メーカー: Packt Publishing
- 発売日: 2018/11/23
- メディア: ペーパーバック
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著者マーティン・フォードは、シリコンバレーでソフトウェア会社を起業した経営者だ。最近ではフューチャリストとして、情報技術の未来と、その社会への影響に関して活発な執筆活動を行なっている。訳書に『ロボットの脅威 人の仕事がなくなる日 (日経ビジネス人文庫)』があり、こちらの本では空疎で無根拠な未来予測を避けながら、未来のAIと労働・技術的失業について地に足のついた考察を行なっていた。
本書『知能の建築家たち』は、2018年11月に出版された本で、人工知能研究の現状と未来について総勢23名の研究者・技術者、起業家たち、そして思想家や政策立案者なども含む多種多様な専門家と1対1で行なった対談をまとめたものだ。(元になったインタビュー自体は、2018年2月から10月にかけて行なわれたものだという)
インタビュー対象者の名前と主要な業績を簡潔にまとめておく。
名前 | 業績 | |
---|---|---|
デミス・ハサビス | 認知神経科学者、DeepMind創業者 | |
レイ・カーツワイル | 起業家、Google 技術ディレクター、シンギュラリティの伝道師 | |
ジェフリー・ヒントン | トロント大学教授、ディープラーニング研究者、現在のディープラーニングブームの立役者の一人 | |
ロドニー・ブルックス | MIT人工知能研究所所長、iRobot社の共同創業者 | |
ヤン・ルカン | Facebook人工知能研究所所長、ヒントンの教え子 | |
フェイフェイ・リー | Googleチーフデータサイエンティスト、スタンフォード大学教授、ImageNetプロジェクトに参与 | |
ヨシュア・ベンジオ | モントリオール大学教授、ディープラーニングブームの立役者の一人 | |
アンドリュー・ング | Google Brain 創設者、Baidu チーフサイエンティスト、オンライン教育企業 Coursera の共同創業者 | |
ダフニ・コラー | スタンフォード大学教授、オンライン教育企業 Coursera の共同創業者 | |
スチュワート・ラッセル | カリフォルニア大学バークレー校人工知能システム研究所(CIS)所長 | |
ニック・ボストロム | オクスフォード大学教授、哲学者、超知能に関する思弁的な考察 | |
バーバラ・グロッツ | ハーバード大学教授、米国人工知能学会の初の女性会長 | |
デヴィッド・フェルッチ | IBMディレクター、ワトソンプロジェクトリーダー | |
ジェイムズ・マニカ | マッキンゼー・グローバル・インスティチュート(MGI)ディレクター、オバマ政権の科学技術政策の諮問委員 | |
ジュディア・パール | ベイジアンネットワーク、統計的因果推論の研究、チューリング賞受賞者 | |
ジョシュア・タネンバウム | MIT教授、認知神経科学者 | |
ラナ・エル・カリオビー | MIT教授、Affectiva社CEO、顔認識・感情認識アプリケーションデバイスの開発 | |
ダニエラ・ルス | MIT教授、人工知能研究所所長 | |
ジェフ・ディーン | Google Brainディレクター、分散システム、Google翻訳 (ニューラル翻訳) の開発など業績多数 | |
シンシア・ブリジール | ソーシャルロボットJibo社の創業者、ブルックスの教え子 | |
オーレン・エツィオーニ | アレン人工知能研究所CEO | |
ゲイリー・マーカス | ニューヨーク大学教授、認知神経科学者、ディープラーニングのハイプ批判で知られる | |
ブライアン・ジョンソン | 起業家、Kernel社創業者、人工神経、ブレイン・コンピュータ・インターフェイス (BCI) デバイスの開発 |
AI関連のニュースを追っている人は、上記のリストだけですごい本だということが分かるだろう。 第三次人工知能ブームのきっかけとなったディープラーニングに多大な貢献をした第一人者たちが勢揃いしている一方で、記号処理的AI、確率的アプローチやロボティクスなどの異なる手法を提唱する研究者、また現在の過剰なAIブームの盛り上りに対して苦言を呈する人々も対象に含まれる。
インタビューで、著者はそれぞれの研究者がどんなキャリアを辿ってきたかを聞き出し、それを人工知能研究の歴史的文脈のなかに位置付けている。また、話題は過去の業績だけに留まらず、現状のAIの可能性と課題、AGIの実現方法や実現時期についての予測、更にはAI技術の社会に対するインパクトやベーシックインカムの必要性にまで及ぶ。
ほとんどの研究者は、今後のAIの進歩および社会への影響については楽観的だ。けれども、その進歩のペース、今後の研究の方向性、あるいは社会への悪影響を低減するための政策や対応法には、多様な意見があり見方はまったく一致していない。似通った話題を複数の人と話しているために微妙に冗長な記述もあるものの、単なる個人の意見や抽象的なサマリではなく、さまざまな角度から人工知能に光を投げかけている極めて優れた本だ。
また、インタビューアであるマーティン・フォードの技量も素晴しい。幅広い知識をベースに識者と対等に渡り合い、ほとんどの場合には黒子として意見を聞き出すことに徹しながらも、時には読者の目線で専門用語の説明を求め、時には批判者としてインタビューイが提唱するアプローチの弱点を指摘し、議論に深みを与えている。
汎用人工知能はいつできるのか?
インタビューされている識者たちは多くのトピックについてまったく意見が一致していないものの、1点だけ、「汎用人工知能の実現時期」については、かなり明確なコンセンサスがあるように見える。つまり、ほとんどの識者は、「まったく分からん」という一致した意見を述べているのだ。
著者は、インタビュー対象者全員に「人間レベルのAI、汎用人工知能 (AGI) が50%の確率で実現する時期はいつだと思いますか?」と質問しており、巻末の25章に回答をまとめた章がある。
ほとんどの対象者は、AGI実現時期の明確な予測を避けている。(ちなみに、名前を明かして予測を提示したのはただ2人だけで、レイ・カーツワイルの「2029年」、ロドニー・ブルックスの「2200年」のみ。私が大好きなこの2名が、楽観と悲観の両端に位置しているのは面白い) 23名のうち、AGIの実現時期を述べたのは16名で、平均は2099年である。(上記2名以外は全員匿名での回答)
(注:予測の起点は2018年)
- 2029 ..........11 年後
- 2036 ..........18 年後
- 2038 ..........20 年後
- 2040 ..........22 年後
- 2068 (3名) .....50 年後
- 2080 ..........62 年後
- 2088 ..........70 年後
- 2098 (2名) .....80 年後
- 2118 (3名) .....100 年後
- 2168 (2名) .....150 年後
- 2188 ..........170 年後
- 2200 ..........182 年後
平均:2099年 2018年から81年後
(ちなみに、カーツワイル、ブルックス2名の「外れ値」を除外した場合の平均は、90年後の2108年である)
「平均で2099年という結果は、これまでに行なわれた別の調査と比較するとかなり悲観的である… 他のほとんどの調査では、人間レベルのAIが50%の確率で実現する時期として、2040年から2050年の範囲に集まる結果が得られることが多い。これらの調査のほとんどにはより多くの対象者が含まれており、一部のケースでは、AI研究の分野外の人々が含まれている場合があることを見逃してはならない。」と、著者は指摘する。
インタビューの中では、いわゆる「ディープラーニング派」の研究者はAGIの早期実現について比較的楽観的であり、記号処理的AI・ロボティクスなど、それ以外の分野出身者は悲観的な傾向があるようだ。同様に、学術界に軸足を置く研究者はやや悲観的である一方、産業界のキャリアが長い起業家・技術者は楽観的であるように見える。ただし、いずれの研究者もAGIはそれほどすぐには実現できず、解決すべき問題がまだたくさん残されていると答えていることは印象的だった。AIの楽天家として語られることが多いアンドリュー・ング(1976年生)でさえ、自分の生涯の間にAGIが実現しない可能性はあるかもしれないと語る。
対談をベースにした本のため、文章も短く平易なので、それほど英語が得意でない人も是非原書に挑戦してほしい。名前を知っている研究者のインタビューを拾い読みするだけでもタメになると思う。とはいえ、2018年現在のAI研究の現状を知るための、またトップ研究者たちが何を考えて研究を進めているかを知るための貴重な本であるため、早く翻訳されてほしい。