Going Faraway

渡辺遼遠の雑記帳

書評:タコであるとはイカなることか『タコの心身問題』/『Other Minds』(ピーター・ゴドフリー=スミス)

タコはとても知能が高い。なにせ、ワールドカップの優勝国を予想できるくらいなのだから…という冗談はさておき、本書『Other Minds』は、タコとイカに魅了された哲学者による、知能と意識の起源についての探究である。

Other Minds: The Octopus, the Sea, and the Deep Origins of Consciousness

Other Minds: The Octopus, the Sea, and the Deep Origins of Consciousness

著者ピーター・ゴドフリー=スミスは、オーストラリア出身でシドニー大学で教鞭を取る哲学教授で、特に科学哲学と生物学の哲学を専門としている。また彼はスキューバダイビングの愛好家でもあり、趣味でダイビングをしてタコを観察しているという。

本書には、頭足類、タコやイカたちの知能の高さを示すさまざまなエピソードが記されている。タコは迷路を解いたり、瓶の蓋を開けて食料を取り出したり、視覚的に物体を認識できる。更には、タコは人間を個人として識別可能である。特定の (嫌いな?) 研究者に対して水を吹き出したり、ラボへの新しい訪問者だけに水を掛けることもある。それ以外にも、ある水族館で飼育されていたタコは、夜の間に自分の水槽の蓋を持ち上げて隣の水槽へと忍び込み、そこで飼われていた魚を食べてしまい、そして何事もなかったかのように自分の水槽へと帰り蓋を戻して"隠蔽工作"を行なったという。

加えて、一部の頭足類は皮膚に埋め込まれた多数のメカニズムを使い、極めて高速で詳細に肌の色を変化させられる。これは、獲物と捕食者双方からのカモフラージュのためのメカニズムだと考えられているものの、肌の色を言語のように使ってコミュニケーションしている可能性も示されている (ただし、これには別の研究者からの懐疑的な意見もある)。

知能は少なくとも二度進化した

上で述べた通り、タコやイカたちの知能は高く、イヌと同程度の知能を持っていると考えられている。けれども、その身体の作りは人間や他の哺乳類、あるいは脊椎動物とはまったく異なっている。頭足類は中央集権的な脳を持っておらず、頭の中にあるニューロンは全体の3割から4割程度でしかない。ほとんどのニューロンは触手の中にあり、触手は独自に"思考"し動作しているようにも見える。その触手は、身体の本体から切り離されたとしてもしばらくの間は自律的に動いたり物を掴んだりできる。著者によれば、それは「通常の心身の分離の外側に位置している」のだ。

進化論的に言えば、我々を含む脊椎動物と、イカやタコを含む軟体動物の共通の祖先は、およそ6億年前の小さな扁形動物にまで遡る。進化上の分岐後、我々と頭足類とはまったく異なる経路を辿った。頭足類の祖先は、まず身体を保護するための貝殻のようなものを進化させ、地球上で最初期の捕食者となった。海底を這うこれらのカタツムリ状の動物たちは、やがて触手を使って海を泳ぎ始めたのだ。それから彼らは殻を捨て去った。最初の頭足類はおそらく約3億年前に出現し、貝殻を失なったことによる脆弱性を補うために、高い知能を発達させたのだ。つまり、タコたちは我々とはまったく別の経路で、別のデザインで知能を得たのである。そして、おそらくタコたちも我々と似たような主観的な経験をしている可能性が高い。「これはおそらく知的なエイリアンとの遭遇に最も近いだろう」と著者は言う。

***

本書の若干の欠点を述べておくと、著者が多数挙げている逸話はやや散漫でまとまりに欠けるようにも感じられた。それでも、タコたちの知能の高さによるお茶目なエピソードはおもしろく、著者のタコ愛が感じられた。タコの寿命は短く、野生状態ではせいぜい1〜2年しか生きられないという。著者がそれを知ったときのショックを書いた文章は、こちらも少し悲しくなってしまうほどだ。

***

本書の翻訳は11月17日に出版された。(原書を読んだため邦訳は未読)

タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源

タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源

 ロドニー・ブルックス氏も、本書の内容を取り上げ未来のロボットの意識と知能のありかたを議論している。