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渡辺遼遠の雑記帳

書評:開発経済学+認知科学 『Factfulness』(ハンス・ロスリング)

ビル・ゲイツが絶賛しているコメントを見て読んでみた。タイトルからはフェイクニュースの話題かと思ったけど、実際は、世界の人口動態、所得、経済や健康状態に関する知識の誤りを正し、また、何故そのような誤りが生じるのかを認知科学的なバイアスから説明する本だった。

Factfulness: Ten Reasons We're Wrong About The World - And Why Things Are Better Than You Think

Factfulness: Ten Reasons We're Wrong About The World - And Why Things Are Better Than You Think

著者ハンス・ロスリングは、スウェーデン出身の医師・公共衛生学者。著者本人は2017年に逝去しているが、遺稿を息子夫婦が編集して出版したものが本書である。

さて、本書の冒頭には、このような三択のクイズが13問掲載されている。(他すべてのクイズに興味のある方は、以下を参照してほしい。英語日本語)

質問1 世界中のすべての低所得国で現在、どれだけの割合の女の子が小学校を卒業していますか?
(A)20%(B)40%(C)60%

多くの人のクイズの成績は平均して2〜3割程度で、ランダムよりも低い結果であるという。そして、世界の実態の姿よりも悪い方向に誤答してしまう傾向がある。これは、国、学歴や地位の差異によらず、システマティックに世界の姿を悪く回答してしまうのだという。

著者は最初、学校卒業後に学ぶことを止めてしまった人たちが、古い知識を保持し続けているために、このような間違いが起こるのではないかと考え、統計データをもとに現在の世界の姿を説明する活動を始めた。けれども、教育活動を続けても、なお人々のネガティブなものの見方を払拭できなかったのだという。

そこで、我々の思考にはものごとを悪く見てしまうような本能的バイアスがあるのではないか。ロスリングはそう考えて、我々が世界を歪めて見てしまう10個の認知科学的な「本能」を検証していく。

10個の本能

ロスリングが提唱する10個の本能を紹介しよう。

  • ギャップ本能 (Gap Instinct)
    「我々」と「彼ら」、「先進国」と「発展途上国」のように、ものごとを二分してその間にギャップがあると考えてしまう。
  • 悲観的本能 (Negativity Instinct)
    悪いニュースは報道され記憶されやすいが、日々の地道で小さな改善は認識されにくい。
  • 直線的本能 (Straight Line Instinct)
    過去のトレンドがそのまま継続されると思い込む。過去の指数関数的な人口増が恒久的に続いていくと信じ込んでしまうなど。
  • 恐怖本能 (Fear Instinct)
    災害、紛争、航空機事故など、恐怖をかき立てる事象のリスクを過大に見積もってしまう。
  • サイズ本能 (Size Instinct)
    孤立した大きな数字だけの印象で判断し、歴史的な推移や比率を無視してしまう。
  • 一般化本能 (Generalization Instinct)
    少数の事例を一般的な傾向だと思い込んでしまう。
  • 運命本能 (Destiny Instinct)
    宗教、文化、風習などは不変のものであると思い込んでしまう。宗教・文化的な理由により、アフリカでの産児制限や経済開発は不可能だと考えてしまうなど。
  • 単一視点本能 (Single Perspective Instinct)
    自身の観点や解決策からだけしかものごとを考えられない。
  • 非難本能 (Blame Instinct)
    政治家、企業、テクノロジー、外国人など、何らかの悪者がすべての問題の原因であり、その原因を取り除けば問題が解決すると考えてしまう。
  • 緊急本能 (Urgent Instinct)
    遠い将来の不確かなリスクに対する緊急度を誤って想定してしまい、結果不適切な意思決定をしてしまう。

これら10個の本能についての検証と同時に、著者ロスリング氏自身の失敗談や貧困国での医療支援活動に関する心を揺さぶられるエピソード、そして、世界の実態を示すとても分かりやすいグラフなどがふんだんに盛り込まれており、とても面白く読めた。

世界の見方を変え、同時に我々自身の考え方も変えてくれる良い本だった。