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渡辺遼遠の雑記帳

書評:『11の国のアメリカ史』 (コリン・ウッダード)

ドナルド・トランプの大統領当選以来、アメリカ合衆国の社会の分断は日本のメディアでも取り上げられることも多くなりました。けれども、そこで取り上げられる事象は表層的で、ともすれば「白人至上主義者vs.有色人種」、「共和党vs.民主党」のように単純な二項対立で捉えられることが多いようです。

本書『11の国のアメリカ史』は、歴史的な視点から、複雑に絡み合ったアメリカ合衆国の分断の経緯に対して見通しを与えてくれる良書でした。

11の国のアメリカ史――分断と相克の400年(上)

11の国のアメリカ史――分断と相克の400年(上)

11の国のアメリカ史――分断と相克の400年(下)

11の国のアメリカ史――分断と相克の400年(下)

タイトルでも端的に表現されていますが、本書の中心的主張を要約するなら次のように言えます。

アメリカ合衆国という「ステイト」は、11の「ネイション」から成り立っている。植民地時代から続く11のネイションの協力と闘争が、今日までアメリカを形作っている。』

ここで、「ステイト」と「ネイション」という言葉には少し説明が必要かもしれません。本書では次の通り説明されています。

ステイトとは、イギリス、ケニアパナマニュージーランドのような主権をもつ政治的実体であり、国連の加盟資格をもち、ランド・マクナリー社やナショナル・ジオグラフィック協会作成の地図に載っているものである。ネイションとは、共通の文化、民族的起源、言語、歴史的経験、工芸品、シンボルを共有しているか、あるいは共有すると信じている人びとの集団である。(上巻 p.5)

ざっくりと言えば、「ステイト」とは地図に描かれる「国」のことで、「ネイション」とは、共通する民族や言語や宗教や歴史などの文化圏を指しています。

さて、この11のネイションですが、これは地図を見たほうが分かりやすいと思います。

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以下、本文では11のネイションの形成順に歴史が取り上げられています。


最初は、「エル・ノルテ」「ニューフランス」の形成について。アメリカ史は、1620年のピルグリム・ファーザーズのプリマス到着から書かれることが多いですが、それ以前よりフランス・スペインは南北アメリカ大陸に植民地を築いていました。この2カ国からの移民によって作られたネイションが「エル・ノルテ」と「ニューフランス」であり、現在ではそれぞれアメリカ南西部のメキシコ国境地帯、カナダのケベック州およびニューオーリンズに位置します。ほとんど知られていない事実として、アメリカを象徴すると見なされている牛の放牧とカウボーイの文化は、実はスペインの文化に由来するのだそう。

次は「タイドウォーター」の形成で、地理的にはヴァージニア州ノースカロライナ州の大西洋沿岸に位置します。このネイションは、イギリスの貴族階級出身者によってプランテーション会社として開始され、政治的には保守的・専制的な社会であったといいます。一方で、ヴァージニア植民地はトマス・ジェファソンやジョージ・ワシントンといった共和制の擁護者を生み出し、特にアメリカ建国期において大きな権力を占めるようになります。これは彼らが範とした社会のあり方は、ギリシャ・ローマ時代の「古典的」共和主義であったからだと言われています。

その次は「ヤンキーダム」ニューイングランドに端を発し、後に五大湖の西部にまで拡大したネイションです。イギリスを追われた急進的カルヴァン派が中心であり、貴族制を敵視し、宗教的理念に基いた理想社会の建設を目指したネイションです。「ヤンキーダム」は、現在のアメリカからはちょっと想像できないほどの厳格な宗教国家で、1656年に「長い航海から帰宅した船長が、玄関先で再会した妻にキスしたことは破廉恥である」として罰を受けた、というエピソードが挙げられています。当然、「ヤンキーダム」と「タイドウォーター」および後で取り上げられる「深南部」は理念からし犬猿の仲であり、後々もしばしば対立することになります。

「ニューネザーランド」は、ほぼ現在のニューヨーク市に相当し、オランダ人によって形成されました。当時のオランダは、金儲け以外にはさして興味のない宗教的に寛容な国であり(それゆえいわゆる「鎖国」中の江戸時代の日本もオランダとは通商を続けた)、その気風は現在のニューヨークにも繋っています。

「ディープサウス」、南部の奴隷州を形作った白人プランターは、英領バルバドス島のプランテーションに起源を持ちます。同時に、彼らはバルバドスの社会から奴隷制度を持ち込み、それが今日まで続く黒人への差別問題という暗い影を落としています。当時の道徳的価値観に照らしてさえ、彼らの奴隷の扱いは残虐であると批判されていたようです。

「ミッドランド」は、ペンシルヴェニア州に端を発するネイションです。イギリス系のクェーカー教徒によって建設され、宗教的に寛容だったためにドイツ系移民を多く受け入れ、穏健で中道的なネイションを形成しています。政治的にはどっち付かずでまとまりに欠ける部分もあり、アメリカ政治に大きな影響を与えています。(ペンシルヴェニア、オハイオは、トランプの大統領当選で話題になった「ラストベルト」の一角を成しています)

植民地時代最後に形成されたネイションが「大アパラチア」です。ヴァージニアからタイドウォーター経由で上陸し、そのまま内陸のアパラチア山脈まで移動し入植した人々からなります。その多くは「ボーダーランダー」と呼ばれるイングランドスコットランドの国境の紛争地帯に起源を持つ彼らは、総じて気性が荒く個人主義的・反政府的な気風を持ちます。

「レフトコースト」は、独立後に誕生したネイションで、地理的には太平洋沿岸部に位置します。文化的には、ヤンキーダムと大アパラチアの混淆であり、ヤンキーの理想主義的・宗教的な特性とアパラチアの個人主義的な雰囲気を持ちます。

最後の「極西部」は、気候条件の悪さから南北戦争後まで入植がされなかった、一番新しいネイションです。入植を可能としたのは鉄道、灌漑設備や農業機械といった資本集約的な技術であり、ネイションの始まった当初から大企業や連邦政府の強い影響下にありました。他ネイションに依存した国内植民地といった性格を帯び、それゆえに、反政府・反企業的な感情を抱いています。

最後の「ファーストネイション」は、アメリカ先住民のネイションですが、本書ではカナダから北極圏に住むイヌイットエスキモーを指しています。


この11のネイション間の相互の協力・敵対関係によってアメリカ史が作られた、という観点を打ち出しているのですが、その解釈も非常に興味深いものです。

アメリカ独立戦争は、13州が一致団結してイギリスの横暴と戦った…というような話ではなく、異なる価値観を持った反目し合うネイション同士が、共通の利害のために止むを得ず手を組み、いやいやながら協力したといったほうが実状に合うのではないか、と論じられています。

そして、南北戦争については、歴史の偶然によっては、武力闘争による暴力的な統合ではなく、理性的・平和的に、アメリカが4つの「ステイト」に分裂する可能性があったのではないかと解釈されています。実際のところ、奴隷制に対して強く反対していたのは、宗教的情熱に裏打ちされたヤンキーダムのみであり、他のネイションから奴隷廃止の主張は支持されていなかったからです。

そして、終章では、将来のアメリカ合衆国の展望が語られていますが、その姿はなかなか衝撃的です。国を統合する基本原理に対する尊重が失なわれた場合には、という条件付きですが、アメリカ合衆国は (カナダ、メキシコも) 複数に分裂する可能性すらある、とウッダードは主張しています。

2100年の北アメリカの政治地図は1900年あるいは2000年の政治地図と同じように見えるのだろうか。(...)
言えることはこうだ。アメリカ合衆国、メキシコ、そしていくぶんカナダが直面している課題を考えれば、北アメリカの政治的境界線が2010年の現状にとどまると想定するのは、(...) ありそうもないと思われる。

本書を書いている時点では、合衆国はグローバルな卓越性を失いつつあるように見え、衰退する帝国の古典的な兆候を示してきている。(下巻 p.233-234)

フォールアウトシリーズや士郎正宗の作品など、近未来の世界を描いたフィクションでは、分離国家となったアメリカが舞台設定として用いられることがあります。そんな観点から、アメリカの未来像を妄想してみても面白いかもしれません。

翻訳がヌルいせいか、あるいはウッダード自身の文章が分かりづらいせいか(おそらく両方)、扱っている内容は非常に面白いのにやや読み辛いのが残念なのですが、敬虔でありながら世俗的、理想主義的であり現実主義的、寛容にして差別的、平和的かつ好戦的な複雑なアメリカ、その複雑な成り立ちと将来を考える上で、欠かせない本であると思います。