読書メモ:『Skin in the Game』(ナシーム・ニコラス・タレブ)

ブラックスワン』で有名なナシーム・ニコラス・タレブの新刊。

Skin in the Game: Hidden Asymmetries in Daily Life

Skin in the Game: Hidden Asymmetries in Daily Life

 

タイトルの 「Skin in the Game」は、文字通りには「肌(身)をゲームに晒す」こと、イディオムとしては「身銭を切る」「自らの言動に対して、自分自身でリスクを負う」といった意味があります。(金融の世界では、投資家のウォーレン・バフェットが投資の判断基準の一つとして述べたことで有名になりました。)

例を挙げれば、自分で栽培した農作物を自分で食べる農家、自身が批判に晒されるリスクを引き受けて世間の誤りを正す人、起業家や自己資金を投じる投資家などは「Skin in the game」であり、一方で、自分自身は口にしない遺伝子組み換え食品を売る巨大アグリビジネス、ほとんどのジャーナリストや書評を書く人間(笑)、平時には多額のボーナスを受け取りながら、金融危機の際には税金から救済を受けるような投資銀行は、そうではないと言います。

すなわち、利益を手にするにはそれと対称のリスクを取る必要がある、そしてそのリスクを他人に転嫁するべきではない。そして、「Skin in the game」の状態こそが倫理的に善いものであり、社会全体でも「脆弱」ではない望ましい状態であると言います。タレブは、この 「Skin in the game」と「非対称性」の概念をベースとして、経済から歴史、科学から宗教に至るまで、さまざまな事象を分析しています。

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個人的に面白いと思ったのは、ごく少数のマイノリティの価値観が、社会全体に敷衍するプロセスを論じた節。ムスリム比率がせいぜい数%程度のヨーロッパの国であっても、ハラール食品の普及率はそれ以上に多いのだそう。ハラールな食品はムスリム以外でも食べられるものの、ムスリムは絶対に豚肉を食べない、という非対称性があるためです。このように、最も強固な信念を持つ少数派が大きな影響を与える傾向は、アレルギー食品から市民の権利に至るまでさまざまな場所で見られます。タレブはここから議論を発展させ、社会の価値観や規範は、全員のコンセンサスではなく(自分の信念に対して強く「Skin in the game」した) マイノリティによって形作られることを示しています。

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ブラックスワン』や『反脆弱性』と同じく、科学的な話題から神話や啓典から個人的なエピソードまで多様な話題が取り上げられていて非常に面白いのですが、文章は晦渋で難解です。過去作と共通の話題や論点もあるとは言え、しっかり理解できているとは言い難いので、翻訳が出たらもう一度読み返したい…
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以下は印象に残った警句の雑多な抜き書き。

"You will never fully convince someone that he is wrong; only reality can.”
(誰かに自分は間違っていると納得させることはできない。ただ現実だけができる。)

“Avoid taking advice from someone who gives advice for a living, unless there is a penalty for their advice.”
(生計のためにアドバイスを与える者からのアドバイスを避けよ。彼らが間違ったアドバイスに対するペナルティを受けるのでない限り。)

“Things designed by people without skin in the game tend to grow in complication (before their final collapse).”
(「skin in the game」のない人が作る物は複雑化する傾向にある (最終的に崩壊するまでは) )

“Studying courage in textbooks doesn’t make you any more courageous than eating cow meat makes you bovine.”
(教科書で勇気を学んでも勇敢になることはできない。牛肉を食べても牛にならないのと同じだ。)

“Science is fundamentally disconfirmatory, not confirmatory.”
(科学は根本的に不確証的なものであり、確証的なものではない。)

scientism, a naive interpretation of science as complication rather than science as a process and a skeptical enterprise. Using mathematics when it's needed is not science but scientism.
(科学主義[scientism]とは、科学をプロセスと懐疑的事業とみなすのではなく、複雑なものとみなす素朴な解釈である。不必要な数学の使用は科学ではなく科学主義である。)

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たぶん私以外には完全にどうでもいいことだと思いますが、前作の『反脆弱性』では、レイ・カーツワイルの考えと行動をボロクソにけなした記述があって、今回もそんなネタを期待していたのですが無かったので残念でした。

 

ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質

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