Going Faraway

渡辺遼遠の雑記帳。技術ネタと読んだ本の紹介。

書評:ルポ・セラノス事件 『Bad Blood』 (ジョン・カレイロウ)

下手なサスペンス小説よりも面白くて、硬派で難解な本であるものの一気読みしてしまった。ベンチャー企業の詐欺行為を最前線で追求した迫真のルポタージュというだけでなく、「起業家や経営者が語る夢想的で荒唐無稽なビジョン」に対する態度の再考を迫る、極めて優れた本である。 

Bad Blood: Secrets and Lies in a Silicon Valley Startup

Bad Blood: Secrets and Lies in a Silicon Valley Startup

シリコンバレーのテック企業のニュースを追っている人であれば、おそらくセラノス(Theranos)の名前をたびたび眼にしたことがあるのではないかと思う。

「医療の民主化」を掲げ、「指先からの血液1滴で200種類以上の病気が診断できる」とうたうセラノス社は、わずか数年前まで、未上場ながら90億ドルを上回る評価を受けていた。創業者であるエリザベス・ホームズは、当時未だ20代後半の若き女性でありながら、その資産はセラノス社の過半、5000億円にも達するとも言われ、彼女は「自力でビリオネアとなった最年少女性」、「第二のスティーブ・ジョブズ」としてメディアで賞賛を集めていた。

現在、彼女は詐欺容疑で刑事訴追され、証券取引委員会からは50万ドルの罰金を課され、向こう10年間は公開企業への役員就任を禁止されている。同社が標榜する「血液1滴での検査」が完全なる嘘であり、検査の信頼性は著しく低く、ほとんどの検査は他社の機械を改造して行っていたと判明したからだ。

本書は、セラノス社の疑惑の第一報を報道し、追求を続けたウォールストリートジャーナル紙のジャーナリスト、ジョン・カレイロウによる過去3年以上にわたる報道の総集編である。彼は、この事件の報道でピューリッツァー賞を2度受賞し、その他ジャーナリズムに関する賞を多数受賞している。

エリザベス・ホームズ

物語は、セラノス創業者エリザベス・ホームズの生い立ちと起業の経緯から始まる。

彼女の曾祖父は医師であり、その妻はパン酵母の開発と食料品販売で財を成した米国有数の実業家の娘であった。そのため、彼女は医療者と起業家の2つのDNAを受け継いでいたのだという。しかし、彼女の祖父の職業上の失敗、複数回の離婚とアルコール依存により、ホームズ家の財産は浪費されてしまった。彼女の父親はワシントンD.Cの政府機関に勤める官僚であり、どうやらエリザベスが誕生した頃のホームズ家は、上流の名家ではあるが大富豪というわけでもないというような階層の家であったらしい。

そんなご先祖の物語を聞かされ育ったホームズは、既に幼少期から起業家になりビリオネアになるという確固たる意思を抱いていた。2004年、スタンフォード大学の化学工学部2年生のときには「身体に貼りつけられるパッチで血液の診断と投薬を行なうデバイス」に関する特許を申請した。当時19歳だったホームズは、特許申請にも協力したロバートソン教授からのアドバイスにより、その年にスタンフォードを中退してセラノスを起業した。会社名は治療(therapy)と診断(diagnosis)に由来し、当初は血液検査のみではなく、ナノテクノロジーを応用したドラッグデリバリーシステムの製品化を目指していたようである。しかし、最初期の目標であった「診断と治療」はあまりに野心的すぎることが分かり、製品開発の目標は診断デバイスへと絞られた。

最初のプロダクト開発目標は、マイクロ流体工学とナノテクノロジーを用いた血液検査デバイスであったという。何度かの資金調達の後も製品化に至らず、再度このプロダクト開発の方針も変更された。最終的に完成した「エジソン1.0」という名を与えられたプロトタイプは、既製品の小型ロボットアームを使い、機械的な操作によって血液検査を自動化する小型のデバイスであった。

当初の壮大な目標からは下方修正されたものの、高速で安価、どこでも実施できる血液検査が医療業界に革新を起こすはずだったことは疑いはないだろう。その後、彼女は「ミニラボ」という名の、200種類以上の検査ができるという触れ込みの小型デバイスの開発を目指していく…

 

本書の中では多くの人がホームズへの印象を語っているが、彼女の聡明さ、ハードワークを厭わないバイタリティの強さと強烈なカリスマ性には多数の人が賞賛を述べている。その一方で、我が強く、独善的で、自分の能力に対する信頼が強く、嘘を付くことに罪悪感がなく、また他人の意見に耳を貸さず部下には強い忠誠心と自分と同等の働きを求めるというソシオパス的なパーソナリティを持つ人物でもあったようだ。正直なところ、上司にだけはしたくない人物である。たとえば、「エジソン1.0による臨床試験の実施は時期尚早である」と具申した幹部を有無を言わさず解雇したり、経営者としての彼女の未熟さに危機感を抱いた取締役会によるクーデターを受け、逆に彼らを説得し返した(その後やはり役員たちは解雇された)のだという。社内では、厳格な秘密主義を取りあらゆる情報の流れをコントロールし、同じ機能を開発する2つの独立したチームを作って成果を競わせたというエピソードが記されている。

プロトタイプは不完全なものであったが、セラノスは各国の政府機関、そして米国の製薬企業や小売・薬局チェーンに売り込みを掛け、提携契約を結んでいった。実際のところ、検査結果の信頼性は非常に低いものであり、提示された結果はあらかじめ準備されたものであったり、他の検査会社へと外注されたものであったという。もちろん、提携企業の中にはセラノス社のテクノロジーに疑問を抱き、詳細な調査を要求する者もいた。彼らの疑惑は、秘密保持契約とホームズのカリスマによって阻まれ、表に出ることはなかった。

ジョン・カレイロウ

前半部も十分に面白いが、本書のヤマ場は語り手たるジャーナリストのカレイロウ自身が「疑惑の追求者」として物語への関与を始める19章以降だろう。

医療詐欺問題の取材経験があったカレイロウは、2015年のはじめごろ、医師であるブロガーからのタレ込みを受けてセラノス社の疑惑を知り、元従業員やセラノスの検査を受けた被験者など、様々な筋から疑惑の追求を始めていく。同時に、セラノス社の社員の側でも内部告発者が現れ、またセラノス上層部もそれを察知し、ニセ情報、脅迫や圧力など、あの手この手でネガティブな報道を握り潰そうと試みる。

情報提供者の一人である元従業員は、セラノスの代理人である弁護士に尾行され、訴訟をチラつかせた警告を受ける。カレイロウ自身のオフィスにも弁護士が訪れ、長時間の押し問答をくり広げる。更に、ウォールストリートジャーナル紙の本体、そのオーナーであるメディア王ルパート・マードックにも接触する。実は、マードック自身もセラノス社へ投資をしていた株主であった。ホームズはマードックに対して、記事を公開しないよう圧力をかけることを依頼する。

しかし、度重なる妨害にも負けず、2015年10月、ついにセラノス社の疑惑はウォールストリートジャーナル紙上で報道された。その後もカレイロウは20本以上の追求記事を執筆し続け、一時はユニコーン企業として注目を集めたセラノスの評価は地に堕ちたのだった。

「企業秘密」というぶ厚い壁によって隠された疑惑を暴き、ついには規制当局を動かすまでに至った緻密な調査報道の過程は、下手なサスペンス小説よりも面白い。とはいえ、本書のあまりに巧みなストーリーテリングには、ノンフィクションのドキュメンタリーとしては警戒感を覚える部分もある。その点をさし引いたとしても、長期間最前線で疑惑を追求し続けた当事者による熱のこもったレポートとしてきわめて意義があるものなので、その賛否については是非本を手に取って判断してほしい。(日本でも注目を集め始めているようなので、そのうち翻訳もされると思う)

セラノスの教訓 -ビジョンと嘘-

まず、本書を通読して気付いたのは、超能力主義社会であると考えられているシリコンバレーの起業家界隈の縁故主義である。

最初期段階の資金調達の際、ホームズは両親の人脈をフル活用し、幼馴染の父親でもある著名ベンチャーキャピタリスト、ドン・ルーカスからの投資を受けたという。この出資がセラノスに一種のお墨付きを与え、更なる投資への呼び水となった。Oracle創業者であるラリー・エリソン、前述のルパート・マードックといった実業家も、個人の資金をセラノスへ投じている。更に、父親が政府機関に勤務していたコネを生かし、元国務長官ジョージ・シュルツヘンリー・キッシンジャー、後にトランプ政権で国防長官を務めるジェームズ・マティスなどそうそうたる著名人を取締役会に迎え入れている。ところが、投資や役員就任にあたって、法的・技術的な調査はほとんど重視されなかったようである。

それだけではなく、セラノスではホームズの恋人がナンバー2の地位を占め、それ以外にもスタンフォードの同級生や弟が従業員として働いていたという。むろん、未だ世界に存在しないビジョンを実現するにあたっては、小手先の技術的な実現可能性よりも、個人の人柄や関係性が大きな判断材料となるであろうことは理解できるし、公開企業ではないため従業員や役員に誰を雇うかも自由である。けれども、これはあまりにも杜撰すぎるガバナンスであろう。


そして、もう一つは「技術開発における将来の夢想的で壮大なビジョン」を、いかに取り扱うべきかという問題である。これと同じ問題については、核融合研究の研究不正の歴史を扱った本を紹介したときにも書いたことがある。

テクノロジーの開発は、「かつて不可能だったこと」を可能にするものだ。これまで不可能だった領域に、前人未踏の領域に踏み込み、かつて誰も成し遂げたことのない新たなテクノロジーを開発するためには、何らかのビジョン --「世界をこう変えたい」という希望と信念-- が必要とされる。--「無尽蔵のエネルギー」、「人間レベルの知能」、「不老長寿」など。こういったビジョンは、科学者が直接的に言及することは少なくても、科学研究を裏付ける原動力なのだ。テクノロジーには、希望的観測を実現していく力があることは否定できない。

ところが、この「希望的観測」が暴走したり悪用されたりした場合、存在しない現象を観察・捏造してしまったり、既に間違いが示された結論を延々と擁護し続ける状況に陥ってしまう。最後は、社会がそのビジョンを是認するか否かという、科学的な根拠と論理とは別レベルでの決着となることがある。

「ビジョン」と「嘘」は想像力という共通の起源を持ち、「ビジョンを語る行為」と「他人や自分を騙す行為」の間にある違いは、思った以上に小さいようである。現在では、アカデミアの研究から企業の技術開発に至るまで、「将来のビジョン」に対して莫大な値札が付けられている。「楽観的で壮大なビジョン」が「自己欺瞞と詐欺」へと変貌するセラノスの物語は、科学者や経営者が語る夢想的ビジョンを、「元気が出る」、「夢がある」と安直に肯定する風潮に対して、再考を迫るものである。

 

カレイロウ自身が強く主張している通り、人命や健康が問題となる生命科学や医療研究において、シリコンバレー的な「信じれば夢は叶う (fake it till make it)」の成功哲学を適用することは、端的に誤りである。情報テクノロジーやソフトウェアとは異なり、物理世界や生命分野でのイノベーションは多大な時間と労力と資金を要し、安易なイノベーションを追求すれば似非科学的な代替医療や詐欺の温床となる。医療産業が極めて強力な法規制を受けていることは、決して偶然ではない。


けれども、結びの言葉にもある通り、おそらく19歳で起業した時のエリザベス・ホームズは、投資家や患者を騙して大金をせしめようなどという悪意は持っていなかっただろう。彼女は、純粋に自身のビジョンを信じ、手軽で安価で高速な診断・治療デバイスの普及が人類を病魔から救うと固く確信していたはずだ。

「皮肉屋は世界を変えられない。変革者たちは皆、最初は大ボラ吹きとして笑われたのだ」とよく言われることがある。しかし、ここには見落としがある。ホラ吹きは世界を悪い方向へと変えてしまうこともあるのだ。

映画

『マネー・ショート (The Big Short)』のアダム・マッケイ監督が、本書を原作とした同名の映画を撮影しているそうで、2019年に公開予定とのこと。こちらも期待。