Going Faraway

渡辺遼遠の雑記帳。技術ネタと読んだ本の紹介。

書評:テレビ芸人としてのトランプ『炎と怒り』

私を昔から知っている人は、たぶん、私がちょっとしたトランプウォッチャーだということを知っていると思う。私の好きなアメリカ人ブロガーが2016年1月にトランプの当選を完璧に予測していたこともあり、大統領選挙予備選の早い段階から今日に至るまで、この奇異なセレブの言動に少しばかり注目していた。

そういうわけで、話題のトランプ暴露本『炎と怒り』を読んだ。

炎と怒り――トランプ政権の内幕

炎と怒り――トランプ政権の内幕

内容については、いろいろな人が言っているけど「重大な衝撃の新事実」といった情報は多くない。たぶん、トランプ本人のツイートとリーク、新聞などを少し追っていれば、すでにどこかで聞いたことがある情報も多いと思う。それでも、語り口は軽妙でまとまっているので、改めて笑いと恐怖を感じながら非常に面白く読めた。

時系列的には、大統領選挙投票日の少し前から、スティーブ・バノンの解任 (2017年8月) ごろまでを扱っている。

特に面白いのが、トランプ自身も含めて選挙スタッフの誰もがトランプが当選するとは信じていなかったということで、大統領選挙への出馬は単なるパブリシティだったという。元安全保障担当補佐官だったマイケル・フリンがロシアとの接触を全く懸念していなかったのも、どうせ選挙で負けるから問題になることはないと思っていたからなのだそうだ。

「ところで、大統領になりたいんですか?」とナンバーグはトランプに尋ねた(普通なら「なぜ大統領になりたいのですか?」と問うところだが、それとはずいぶんとニュアンスの違う質問だった)。トランプからの返事はなかった。
(Kindle版loc. No.354-356)

(開票の時の様子を) トランプ・ジュニアが友人に語ったところでは、DJT(ジュニアは父親をそう呼んでいた)は幽霊を見たような顔をしていたという。トランプから敗北を固く約束されていたメラニアは涙していた--もちろん、うれし涙などではなかった。
(Kindle loc. No.543-545)

そんな状態で、誰一人として当選を予期しておらず、トランプは政治の知識も人脈も興味もなかったので、当選後の移行期間も就任後もめちゃくちゃなカオス状態であった。元下院議長であるジョン・ベイナー議員を主席補佐官に推薦されたとき、トランプは「誰だって?」と聞き返したのだそうだ。

そして、トランプの周囲で、政治的なバックグラウンドも支持者も全く異なる人々、トランプの身内 (特に、「ジャーバンカ」と蔑称されるジャレド・クシュナーとイヴァンカ)、ポピュリストの扇動者スティーブ・バノン、そして共和党と軍・官僚のエスタブリッシュメントの三派が、ドロドロの権力闘争を繰り広げていく様子が描かれていくが、ワンマンで気分屋のトランプに周囲の人は振り回され、ほとんど彼のの気分次第で重用されたり遠ざけられたりしてしまう。なにせ、トランプ本人ですら自分の好みを理解しておらず思い付きで物を言い(しばしば最後に会話した人に影響を受けるのだという)、そのくせ自身の判断力には絶対的な自信を持っているのだから始末に終えない。

 本書の信頼性について

一応言っておくと、本書ではトランプ本人に関する暴露話や周囲の人間のエピソードがふんだんに取り上げられているものの、信頼性についてはやや疑問があるようで、本国では「東スポ日刊ゲンダイのレベルのゴシップ本」という評価もあり、また単純な事実誤認を指摘されていたりもする。

私も本書を読んでいて、あまりにも自分で見てきたような、聞いてきたような記述がされている上、物語めいた巧みな語り口や過剰なまでの修飾に、臨場感を感じるよりもむしろ鼻白むことも多かった。それでも、ベースになった事実としてはおそらく正しく、一種の風刺としてキャラクターの特徴を捉えているのではないかと思う。

テレビ芸人としてのトランプ

読んでいるうちに考えたたのは、ドナルド・トランプの本質はテレビ芸人なのではないかということ。

選挙出馬前、トランプは8年間『アプレンティス』というリアリティーショーのホストを務めている。市井の人々が何を望み、何を聞きたがっているのかに対する本能的な嗅覚は、おそらくTVの中で培われたものなのではないかと思う。

そして、テレビで人気を集め高い視聴率を得るためには、必ずしも万人から好かれる必要はないし、極論すれば正しいことを言ったり行ったりする必要すらない。たとえ誰かから嫌われていようとも、常に話題を提供し続け、話題の中心に居ること、そして自分のコアな支持層を掴み続けていくことが肝要である。そうすれば、仮に国内のほとんどを敵に回したとしても、コア層は支持を続け、敵対者から自分を守り続けてくれるだろう。

まだこの先約6年半、トランプ劇場からは目が離せなさそうだ。

合わせて読みたい

私は、トランプ氏本人はちょっとした「事故」のようなものだと思っているけど、彼を大統領に押し上げた潮流は本物のもので、今でも解決しておらず、今後の世界を形作っていくものだと思う。そういった視点から、等身大のトランプ支持者を取り上げた本としては『ルポ トランプ王国』が、もう少し広い歴史・思想的な視野からトランプ現象を論じた本としては『破綻するアメリカ』(本サイト書評) が面白かった。